DX9 事例/CDISC-SDTM Blockchain Team ブロックチェーン技術を応用し 医療データを安全・安心に共有・管理する仕組みの実現へ

医薬品開発や臨床研究などにおいて、医療データの有効利用が期待されているが、医療機関や製薬会社に蓄積されたデータの二次利用は、患者の個人情報保護の観点から様々な制約を伴う。そうした状況を改善するため、製薬業界の有志メンバーからなるチームが、ブロックチェーンを用いたセキュリティー性の高いデータ共有プラットフォームの構築を模索。データを安全に分散管理する仕組みを多角的に検証している。

データ共有の新たなプラットフォームをつくりたい

CDISC-SDTM Blockchain Team
チームリーダー
新井 賢太郎氏

CDISC-SDTM Blockchain Team
原 頼安氏

診療や臨床試験で得られたデータは疫学研究や医薬品開発にとって重要な知的財産であり、外部の研究機関や製薬企業などにおける研究に有効利用されることが望まれる。しかし、それらのデータには患者の特定につながる多くの個人情報が含まれるため、二次利用には細心の注意が払われなければならない。現状では、認可を受けた特定の機関が個人情報にひも付く部分を削除するなどの加工を施したデータが用いられているが、匿名化処理には限界があり、そもそも情報を加工する機関に個人情報がわたるという根本的な問題もつきまとう。

こうした課題に果敢に立ち向かい、医療データを合理的に二次利用できる仕組みを構築しようとしているのが、製薬業界で働く10人弱の有志のメンバーで構成されるCDISC-SDTM Blockchain Team(以下、ブロックチェーンチーム)だ。

「改ざん検出が容易なデータ構造を持つブロックチェーン技術を応用した臨床データの共有プラットフォームを構築することができれば個人情報を効果的に保護でき、特定の管理団体に依存することもないデータ共有が可能になるのではないかと考え、取り組みに協力してくれるメンバーを製薬業界内で募りました」と話すのは、その発起人でありチームリーダーの新井 賢太郎氏だ。同氏は外資系製薬会社の社員で、医薬品開発に際する臨床試験のデータ解析を日常業務としている。

「患者数が少ない希少疾患を持つ方は特に、年齢や性別などの情報から個人を特定されてしまうリスクを抱えています。それを防ぐために二次利用データはおおまかな年齢層しか分からないように加工されたりしているのですが、そのことで医学的知見を得るためのデータとしての精度は損なわれるという悩ましいジレンマを抱えているのが実情です。個人情報をしっかり保護したうえで医療データが活発に利用されるようになることは、医療イノベーションの進展に大きく寄与すると思いました」と語るのは、CRO(医薬品開発業務受託機関)でデータ解析などのプロジェクトをマネジメントしている原 頼安氏。同氏は、この構想に共感してブロックチェーンチームにコミットし、新井氏と共にデータ共有の新たなプラットフォームづくりを主導する役割を担った。

専門家からの助言を得て停滞していた活動が再稼働

2019年5月に結成されたブロックチェーンチームの各メンバーは、製薬会社やCRO、製薬業界に特化したシステム開発企業などに勤務している。そのため、製薬業界における業務プロセスや医療データの解析手法には精通している一方で、ブロックチェーンやその周辺技術に関する十分な知識は有していない。チームの立ち上げ当初はブロックチェーンエンジニアが参加しており、データ共有のプラットフォームづくりを技術面でけん引してくれる予定だったが、会社の業務が多忙になったために脱退を余儀なくされ、それ以後の活動が停滞してしまった。

ブロックチェーンエンジニアはまだ少なく、ましてこの取り組みに賛同してくれる人材を探すことは至難の業だ。窮していた矢先に新井氏がたまたま聴講したセミナーの講師が奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)の研究員で、DXを起こそうとする中堅企業を支援するデル・テクノロジーズ主催の「中堅企業DXアクセラレーションプログラム」が開催されるという情報を得た。NAISTにはブロックチェーンに詳しい研究員も在籍すると知り、活動を進展させる絶好の機会だと感じて参加を決めたという。

2019年11月のキックオフミーティング後にまず行ったのが、データ共有プラットフォームを構築する前提となる基礎情報の収集である。ブロックチェーンの利用動向に加え、二次利用する医療データを暗号化するABE(Attribute-Based Encryption)、暗号化したデータを分散管理するIPFS(Interplanetary File System)などに関する文献を広く深く読み込んだ。

「プログラミングの専門家でブロックチェーンにも明るいNAISTのメンターから、ブロックチェーン全般やIPFS、ABE暗号、スマートコントラクトなどに関する技術論文を紹介してもらいました。必要な情報を効率的に入手できたおかげでプロトタイプのシステム構築に着手し、動作確認と検証を有効に進めることもできました」(新井氏)

分散型データベースや暗号化の仕組みを活用してプラットフォームを構築するという構想のアウトラインは「アクセラレーションプログラム」に参加する以前から温めていたものの、初期メンバーのブロックチェーンエンジニアが脱退してからはそれを形にする具体的な方法が分からずに暗礁に乗り上げていた。NAISTのメンターによる的確な助言を得たことで、ストップしていた取り組みがにわかに動き出したのである。

ブロックチェーンの多くのメリットを確認

技術検証の焦点となったのは、二次利用する医療データをABEで暗号化してIPFSに格納し、アクセス権限を管理する仕組みの有効性である。IPFSについては、P2Pネットワークでノードがつながることでデータが分散管理され、大きなデータについても分割して複数のノードに分散して格納可能であることや、データのハッシュ値がロケーションの役割を果たすことを実証。IPFSの特性として知られている、耐改ざん性、耐障害性、耐検閲性、サーバー負荷分散などのメリットを確認できた。

データアクセス権は、ABE暗号を組み合わせることで構築。通常の公開暗号では公開鍵と秘密鍵が1対1であるのに対し、ABEは1対複数で設定可能なので、条件にマッチした属性に対してアクセス権付与や解除ができることも検証できた(図)。

医療機関で作成された医療データを匿名化・暗号化してIPFSに格納。非中央集権型の分散管理がなされ、安全な環境で研究機関や製薬企業が利用できるようになることが期待される

「簡易的にではありますが、IPFSへのデータ格納と取り出し、ブロックチェーンへのアクセス情報の書き込みと取り出し、公開暗号とABE暗号による暗号化・復号化の一連のフローを構築できることが確認されました。この環境では特定の管理者によるデータ閲覧やアクセス権変更ができないため、個人情報を適切に保護できます。また、データをやり取りした履歴はブロックチェーンに書き込まれるので、記録が改ざんされる恐れもなく、透明性が増します」と新井氏。最終的に、「ブロックチェーン×IPSF×ABE」で的確なデータ共有プラットフォームを構築し得る可能性を見出した。

技術検証に関するNAISTによるサポートは月例のWebミーティングをベースとし、急いで解消したい疑問がある場合などはメンターが適宜対応した。ブロックチェーン技術を使った臨床データの共有プラットフォーム構築に必要な技術的助言が主体となったが、それ以外の多角的な議論ができたことも貴重な機会になったと原氏は言う。

「例えばブロックチェーンベースのプラットフォームとクラウドベースのプラットフォームの双方のメリット・デメリットについて、メンターと様々な意見を交わしました。その中で、ブロックチェーンの運用コストは大きいものの、二次利用する医療データを第三者機関が中央集権型で運用するよりは安価になる可能性が見い出されたことも大きな収穫です」(原氏)

各メンバーはそれぞれに本業が忙しい中、どうにか時間を捻出してこの取り組みに参加している。それだけに、必要最小限な作業に絞り込み、そのタスクをシェアしながら検証を進めることに腐心したと両氏は振り返る。

製薬業界での実運用に向け検証を続行

この仕組みは2019年に特許出願されており、将来的には医療データ共有の仕組みの新たな選択肢の1つとして製薬業界へ提案する計画だが、本格的な運用を行うにはまだまだ検証すべき項目やクリアすべき課題が多数あるという。

例えば、今回構築した簡易なシステムでは安全性が確認されたABE暗号の信頼性のさらなる評価はその1つだ。また、個人情報保護法では暗号化しただけでは匿名化したとはみなされないため、事前処理として匿名化処理をしなければならないという制度面の問題もある。加えて、大容量データでの運用可能性の検証や、患者個人とひも付けて管理する方法の確立も不可欠だ。さらにはどのような組織がどの程度の予算規模でシステムを開発するのかを検討する必要もある。

「現時点ではアクセス権管理の基本的な枠組みの検証を行ったに過ぎないので、今後はより詳細な仕組みの検討をしながら、ブロックチェーンを使った仕組みが本当に有用かどうかを見極めていくことになります」と新井氏は展望する。

実用に向けて乗り越えなければならない壁はいくつもあるが、その分得られるメリットも大きい。原氏は「この構想が実現すれば、自分のデータがどの研究機関や製薬会社にどう使われているのかを患者さん自身がトレースできるようになりますし、随時データ利用を拒否することも簡単です。データの二次利用に際しては事前に患者さんへの通知が必要ですが、将来いつでもそれを撤回できる環境を用意する必要があります。データアクセス権を患者さん自身がコントロールできれば、より適切なデータ管理システムの構築が可能です。このような環境が整えば、臨床研究や医薬品開発におけるデータ活用の促進につながります」と話す。

ブロックチェーンチームは今後も検証を継続して医療データの共有プラットフォームの実現性を追究していく意向だが、「中堅企業アクセラレーションプログラム」に参加したことは組織を長期的スキームで運営するために必要な知見を得る上でも大いに役立ったという。

「自分たちにはない専門知識を有するメンターから様々な示唆を受けて取り組みを進めたことで、効果的なDXを推進するには分野を異にする人同士が結びついて協働することが重要であることを痛感させられました。これからもこうした機会を広く提供していただけることに期待しています」と新井氏は語った。

日経BP社の許可により、2022年12月16日~ 2023年1月27日掲載 の 日経 xTECH Special を再構成したものです。
https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NXT/22/delltechnologies1216/

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