中堅企業のデジタル変革「成功のポイント」

デル・テクノロジーズと奈良先端科学技術大学院大学は「中堅企業DXアクセラレーションプログラム」を共同推進している。コンテスト入賞企業のアイデアを形にし、デジタルトランスフォーメーション(DX)の実現とビジネス実装まで支援する。2020年11月にキックオフミーティングを開催し、現状分析・要件定義を経て、プロトタイプ開発が始まった。産学連携の取り組みは、日本のDXにどのようなインパクトをもたらすのか。中堅企業のDXを推進するキーパーソンたちに話を聞いた。
(左)デル・テクノロジーズ株式会社 CTO(最高技術責任者) 黒田 晴彦氏 (中)奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 情報科学領域 特任助教 株式会社dTosh 代表取締役/博士(工学) 平尾 俊貴氏 (右)デル・テクノロジーズ株式会社 広域営業統括本部 企画部 小杉 明恵氏

デジタル変革の着手で業績回復に明らかな差

一 日本のDXの取り組みは海外に比べて遅れているといわれます。国内企業の現状をどのように見ていますか。

デル・テクノロジーズ株式会社 CTO(最高技術責任者) 黒田 晴彦氏

黒田氏 (国際経営開発研究所)が実施した国際比較調査によると、DXの推進状況は2019年、2020年ともにアメリカが2年連続で1位でした。注目すべきは日本と中国の状況です。2019年は日本が23位、中国が22位でほぼ横並びでしたが、これが2020年になると中国は大幅にランクアップして16位。ところが日本は27位に下落してしまったのです。

デル・テクノロジーズが2年ごとにグローバルで実施している「DXインデックス調査」でも同じような傾向が見て取れます。2018年から2020年にかけて中国が大きくジャンプアップし、DXをリードするアメリカに肩を並べつつある。日本は2020年の夏ごろからトライアルに取り組む企業が増え始めました。先頭を進むアメリカを中国が追いかける中、日本はようやく動き始めた状況といえるでしょう。

DXというと大手企業の動向に注目が集まりますが、中堅・中小企業の動向にも目を向ける必要があります。そこでデル・テクノロジーズは国内約1500社の中堅企業(従業員数100~1000名)を対象に「IT投資動向調査」(実施期間:2021年2月1日から2021年3月5日)を実施しました。そこから驚くべき結果が明らかになりました。デジタル化による事業変革の割合は少ないものの、取り組んだ企業の業績回復に大きな効果が見られたのです(図1)。

デジタル化による事業変革に取り組んだ企業の業績回復傾向は51.7%に上る。積極的な取り組みが企業業績回復の強力な後押しとなることが明らかになった

平尾氏 その傾向はコンサルティングファームの調査結果にも表れています。変革に取り組んだ企業は、そうでない企業よりパフォーマンスが圧倒的に上がる。平均するとセールスは5%から10%増加し、コストは25%から50%削減され、労働生産性も5%から10%上がっています。企業価値に至っては3倍から4倍成長している企業もあるそうです。

一 中堅企業の方が、大企業より成果が出やすいのでしょうか。

平尾氏 大企業に比べて組織がコンパクトで、現場と経営の距離も近い。中堅企業の方が動きが加速しやすい面はあるでしょう。変革に対する思い入れや情熱も中堅企業の方が“熱い”感じがしますね。

黒田氏 それは私も実感します。マーケットやお客様との距離も近いので、ビジネス環境の変化にも敏感です。変革とそれによる結果の創出に「スピード」を強く求めている。そんな印象です。

中堅企業の変革支援を通じ日本を変えていく

一 そうした中、デル・テクノロジーズと奈良先端科学技術大学院大学(以下、奈良先端大)は、中堅企業のDX支援策として「中堅企業DXアクセラレーションプログラム」を推進しています。この目的と概要について教えてください。

黒田氏 デル・テクノロジーズは2020年10月に奈良先端大と共同で企業参加型のコンテストを開催しました。この入賞企業のビジネスプランの実現を支援するのが「中堅企業DXアクセラレーションプログラム」です(図2)。奈良先端大の研究員がメンターとして参加企業のプロジェクトチームに参加し、変革の推進とその実現・定着化を支援します。デル・テクノロジーズは必要なインフラやソリューション、共創の場を提供します。プロジェクトは結果を追い求めるだけでなく、途中経過を中間発表として公表します。

日本の会社の99%を占める中堅・中小企業が変わらなければ、日本も変わっていかない。この変革を支援したいという強い思いが根底にあります。

変革の必要性は感じていても「何から手をつけていいか分からない」「プロジェクトはどうやって進めていくのか」といった課題を抱えている企業は多い。お客様の中に入り込んで、一つひとつ課題を解決し、意識と文化を醸成しなければ変革は成し得ない。そこで高度な知見やコミュニケーション力、リーダーシップを有する奈良先端大の研究員に協力してもらう今回の支援の枠組みを構築したのです。

奈良先端大研究員がメンターとしてプロジェクトに参加し、ロードマップの策定、DXのためのインフラ構築とビジネス実装・定着化まで支援する。検討・実装プロセスは定期的に実施する中間報告会で公開する。広く中堅企業のDX活動に役立てるのが狙いだ
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 情報科学領域 特任助教 株式会社dTosh 代表取締役/博士(工学) 平尾 俊貴氏

平尾氏 奈良先端大で教壇に立つ前は、海外の産業ロボットメーカーの研究員でした。産学連携で研究して製品化する。海外はそのスピードが非常に速い。日本では企業と大学の意向が合わず失敗するケースも少なくない。ずっと問題意識を持っていたので、デル・テクノロジーズの考えに共感し、共に活動することを決めました。

小杉氏 このプログラムの主役は参加企業であり、奈良先端大のメンターです。デル・テクノロジーズはインフラと共創の場の提供に徹しています。私は事務局のメンバーとして、お客様とメンターをつなぐコミュニケーション環境の整備やスケジュール調整、議事録作成などのマネジメント業務を担っています。共創の場に立ち合う機会も多く、お客様の変革にかける情熱をひしひしと感じています。

メンバーに気付きを与え、変革を導いていく

一 その後プロジェクト始動の約3カ月後にあたる2021年2月には第1回中間報告会を開催されました。どのような活動報告がなされたのですか。

平尾氏 最初の3カ月でDX戦略を詳細に分析し、まずロードマップを策定しました。その結果、ほぼすべての企業が当初描いたロードマップを見直す結果となりました。ゴールは変わりませんが、仕組みや方法論を変える必要があったからです。

恩恵を受ける人が、どこに価値を見出すのか。社内/社外のエンドユーザーのヒアリングを基に、DXの意義も再定義しました。

地道な作業もたくさんありました。例えば、輸送事業の変革を目指す企業のビジネスプランは、その先のエンドユーザーが輸送コストの削減で恩恵を受けられる。そのため、エンドユーザーにデータの提供を求めましたが、データ収集の仕組みづくりにはコストがかかる。そのコストを上回るメリットを粘り強く訴え、最終的には相手の理解を得ることに成功しました。

別の企業は営業活動の変革に取り組んでいましたが、一番恩恵を受けるはずの営業部門から「現状のままでいい」とダメ出しされてしまった。しかし、変革が実現すれば、業務が効率化され生産性も上がる。その説得が実り、だんだん理解者が増えていった。今では営業部門のキーパーソンがプロジェクトメンバーとして参加しています。

デル・テクノロジーズ株式会社 広域営業統括本部 企画部 小杉 明恵氏

小杉氏 参加企業は未来を見据え、直面する課題としっかり向き合っています。参加メンバーが増えていく。社内、社外の人を巻き込んでいく。これまでの取り組みの中で、私もそういう変化を目の当たりにしてきました。今のままではまずいと考え、危機感を持って取り組んでいるからだと思います。

一 プロジェクトの中でメンターが果たす役割は大きいですね。

黒田氏 大企業はビジネスを支える多様なシステムが整備され、情報もデジタルデータ化が進んでいますが、中堅企業はそうとは限らない。その半面、変革の実現方法をストレートに考える。あることを実現するために、段階を踏んで進めるのではなく、こっちのやり方の方が効果は大きいと分かれば、一気にそちらに向かう。そこに気付きを与えてくれるのがメンターです。最新の技術や学術論文、先進事例に造詣が深く、導き方が非常にうまい。

平尾氏 DXプロジェクトの支援は教育と一緒だと思います。どんなにいい教材があっても、そこにモチベーションがなければ勉強は進みません。素早くプロトタイプをつくって効果を試す。うまくいかなかったら次に行く。こうしてスピード感を速めていく。これがモチベーションを高める好循環を生み出します。

小杉氏 中間報告会もモチベーションアップにつながっていますね。これまでの取り組みを報告することで、他社との比較が分かる。他社がどこまで進んでいるのか。どんなところに苦労・工夫したのか。情報を共有することで、互いが刺激を受け合っています。

見えてきたDXプロジェクト成功の秘訣

一 2021年5月13日には2回目の中間報告会が実施されました。それぞれのDXソリューションの実現とビジネス実装が加速していくことと思います。今後のロードマップと期待できる効果について教えてください。

平尾氏 今後はCX(カスタマー・エクスペリエンス)の最大化に力を入れ、その効果を検証していきます。現在、複数社が在庫の最適化に取り組んでいます。最適在庫を実現する予測モデルを検証し、現場だけでなく、経営インパクトも考えていく。そのためには組織横断的な協力者が必要です。今まで増やした仲間の協力を得て、活動をさらにスケールしていき、半年後にはCXの最大化による定量的な評価を実現したい。

黒田氏 中堅企業は現場と経営の距離が近いので、意思決定が非常に迅速で取り組みのサイクルが速い。スピード感ある取り組みの中で、どんなイノベーションが生まれてくるか。これからがとても楽しみです。

平尾氏 各社の熱意とモチベーションは非常に高い。リードした部分はきちんと吸収し、スキルになっています。プロジェクトを通して、各社のDX人材も着実に育っています。プロジェクトの結果もさることながら、今後のDX戦略も加速していくものと期待しています。

一 今回のプロジェクトを通じて、中堅企業がDXを成功させるためには何がポイントになると考えますか。

平尾氏 ポイントは2つあります。1つはIT化とDXの違いを理解すること。IT化は現状のビジネスモデルを維持したまま生産性を高める量的変革ですが、DXはビジネスモデル自体を抜本的に変えていく。この違いを理解しなければいけない。
もう1つは経営陣のコミットメントを引き出すこと。ビジネスモデルの変革は会社の文化を変える必要があるからです。経営陣が先頭を切って変えていく。そんな流れをつくることが大切です。

黒田氏 デル・テクノロジーズのDXインデックス調査でも同じような結果が出ていますね。日本企業はなぜDXが進まないのか。その理由を聞いたところ、経営者の意識と人材・組織の問題が上位に挙がりました。
経営陣のコミットメントがあれば意思決定も速く、取り組みがスムーズに進む。人材・組織については、スキルを身につけるだけでなく、それを会社の中に埋め込んでいく仕組みを考える。これによって活動に広がりが生まれ、スピードも上がっていくでしょう。

一 中堅企業のDX支援に向けて、今後の展望を教えてください。

小杉氏 何かを変えていくには、きっかけを持つことが大事だと思います。自社の取り組みがオープンになれば、まわりから注目されるので歩みを止めるわけにはいかない。きっかけづくりという意味でも、今回のプロジェクトは大きな意義があると思います。第2弾のアクセラレーションプログラムも計画しているので、積極的に参加していただきたいですね。

平尾氏 私はデジタル教育パッケージを提供するdToshの代表も務めています。dToshではアクセラレーションプログラムの知見とノウハウを生かし、中堅企業向けに定額制のDXのコンサルティングサービスを提供しています。デル・テクノロジーズと奈良先端大との連携により、ゼロからのスタートも支援していきたい。

黒田氏 企業は自分たちの論理でものごとを考えがちです。そこに学術の視点が入ると、世界が広がり、ニュートラルな活動が可能になる。産学連携は非常にメリットが大きい。

今後もデル・テクノロジーズはアクセラレーションプログラムの活動を継続し、同時にdToshと共に産学連携のメリットを生かしたコンサルティングサービスの提供を通じ、中堅企業のDXの実現を強力に支援していきます。

日経BP社の許可により、2021年7月13日~ 2021年8月16日掲載 の 日経 xTECH Special を再構成したものです。

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